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僕はノルウェー系アメリカ人の3世です。祖父母の家でいっぱいノルウェー話を聞いていました。小さい時から二つの言語があるのが当たり前だった。 しかし、人生が変わるぐらい影響を受けたのは17歳で日本に留学したこと。山梨県の高校に1年通った。日本語が英語とあまりに違ってびっくりした。しゃべりたいのに誰ともしゃべれないつらい日々が3か月ぐらい続いた。 ホストファミリーの食卓で家族のお兄さんが茶わんを出して「おかわり」と言った。最初は聞き取れなかったけど、ある日、僕が「おかわり」と言ったらお母さんがもっとご飯を入れてくれた。その瞬間、「おかわり」は僕の日本語になった。その喜びは今でも忘れられません。
参考译文
中文
我是挪威裔美国人第三代。我常常在祖父母家听到很多关于挪威的事。从小对我来说,拥有两种语言是理所当然的事。然而,对我人生有重大影响、甚至改变了我一生的是17岁时去日本留学。我在山梨县的高中读了一年。我惊讶地发现日语和英语竟如此不同。在将近3个月的时间里,我每天都想开口说话却无法与任何人交流,过得非常痛苦。在寄宿家庭的餐桌上,家里的哥哥拿出饭碗说了声“okawari”(再来一碗)。起初我没听懂,但有一天,当我试着说出“okawari”时,妈妈帮我添了饭。那一瞬间,“okawari”变成了属于我的日语。那份喜悦我至今仍无法忘怀。
选择题 (1)
第 1筆者の言う喜びは何によるものか。