Latihan Membaca JLPT N2 Pelajaran 14

JLPT N2 • Data3 Pertanyaan

Pelajaran 14

11:00

Isi Bacaan

____________________________________________________( ① ) この言葉は私のオリジナルです。この考え方にたどり着いたのは38歳のときですが、その頃から努力することにたいして抵抗感がなくなり、とても生きやすくなりました。 私たちはなぜか、中学、高校生の頃に「努力する姿」を人に見せることをやめてしまいます。試験前の(注1)ガリ勉や運動会前の徒競走の(注2)猛練習などが、人に知られると気恥ずかしくなってしまうのです。 その心境は複雑です。まず結果が出なかったとき「あいつ、あれだけやってダメだった」とバカにされるのを恐れます。結果が出ても「あれだけ準備すれば当然だ」と評価が下がるのを恐れます。他者の評価を気にし始めると、いずれにせよ努力を(注3)隠すに越したことはないわけです。 それは社会人になっても同じです。得意技について「よほど努力しているのでしょうね」と褒められても、「たいしたことはしていません」と②自分の努力をわざわざ否定してしまったりするわけです。 しかし、この「謙遜して努力を隠す対応」はとても危険です。なぜなら、努力しなくていいことへの言い訳になる一方で、努力を「かっこう悪い」とする無意識の(注4)バリアになりかねないためです。 もちろん、努力すれば、すべてがなんとかなるわけではありませんが、努力なしでは何も始まりません。そのためには「努力」という言葉を生活に積極的に取り入れ、そのプロセスを楽しむ仕組みをつくらなければなりません。 そして、努力を客観視するための測定方法が「時間」なのです。 努力をする、しないはあくまで主観ですが、その分量を時間換算する仕組みを取り入れれば、自分がどこまで努力をしたのか、わかりやすく管理できるようになり、(注5)堂々と「○○については何年間やってきた」と言えます。 例えば、私はよく「文章を書くのが速い」と言われますが、その場合にこう返すのです。「大学卒業から16年間、独立するまで、文章で(注6)顧客にリポートを作る仕事でしたから速くないと困ります」と。 努力を時間で測定すれば、時間が有限だからこそ、何を努力するのか自分で考え、決めなければいけません。そうすれば、結果はあとからついてくる、という気持ちになれる魔法の言葉なのです。

Pertanyaan Pilihan Ganda (3)

Soal 11(①)には、筆者の人生に影響を与えた言葉が入る。それはどれか。
Soal 22②自分の努力をわざわざ否定してしまったりするのはなぜだと筆者は述べているか。
Soal 33筆者は「努力」についてどのように述べているか。