行動科学教授: 階段の利用を促すためにピアノの鍵盤の模様を描いたり、臓器提供の同意率を上げるためにデフォルトを『同意』に設定したりする『ナッジ(Nudge)』は、ここ15年ほど、低コストで人々を望ましい行動へと導く魔法の杖として絶賛されてきました。しかし、ナッジの根底には『人間はバイアスに囚われた非合理な存在であり、賢いエリートが無意識のうちに正しい方向へ誘導してやるべきだ』という、極めて強いパターナリズム(父権主義)が潜んでいます。
行動科学教授: この手法は一時的な行動変容には有効でも、環境が変われば元の木阿弥となり、何より市民自身の判断力や批判的精神を成長させません。これに対して近年提唱されているのが『ブースト(Boost)』という新しいアプローチです。ブーストは、無意識を操作するのではなく、複雑なリスク情報を読み解く簡潔な図解ツールの提供や、合理的な意思決定ヒューリスティクス(発見的手法)の教育を通じて、個人の能力そのものを底上げします。誘導される受動的な客体から、自らの価値観に基づいて自律的に選択できる主体へと市民をエンパワーする。これこそが、偽情報が氾濫する民主主義社会において公共政策が真に目指すべき道なのです。